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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)13657号 判決

原告 亡田中求彌訴訟承継人 田中弘光

被告 国 ほか一名

代理人 芝田俊文 小磯武男 楠野卓 篠崎哲夫 ほか一〇名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(一)  主位的請求

原告に対し、被告国は金一億八五二四万九四四五円及びこれに対する昭和六〇年一一月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を、被告大分県は金三七三三万五七七七円及びこれに対する昭和六〇年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二)  予備的請求

被告らは原告に対し、各自金二億二二五八万五二二二円及びこれに対する被告国については昭和六〇年一一月二三日から、被告大分県については昭和六〇年一一月二六日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  亡田中求彌の鉱業権

訴訟承継前の原告亡田中求彌(以下「求彌」という。)は、別紙一「鉱業権目録」記載(1)ないし(3)のとおり(以下、各鉱区を「本件(1)鉱区」のようにいう。)、本件(1)鉱区につき昭和二六年一月四日、本件(2)鉱区につき昭和三一年八月二九日、本件(3)鉱区につき同年四月二一日それぞれ登録を受けた砂鉱採掘権を有していた。

2  採掘権侵害行為

(一) 被告大分県は、別紙二「海岸保全事業等施行状況調査表」記載の事業のうち、〈7〉及び〈9〉ないし〈14〉の各事業(以下、これらを総称して「本件事業」といい、右各事業を「本件〈7〉事業」のようにいう。)を、本件〈7〉、〈13〉及び〈14〉各事業は被告大分県の固有事務として、本件〈9〉ないし〈12〉各事業は被告国の機関委任事務としてそれぞれ施行した。

(二) 被告国は、本件〈7〉、〈13〉及び〈14〉各事業について、被告大分県は、本件〈9〉ないし〈12〉各事業について、それぞれ費用の一部を負担した。

(三) 被告大分県は、本件事業の施行に伴い、昭和六三年七月二一日までに、求彌が前記採掘権を有する本件各鉱区内から、次のとおり右各事業によって設置された施設の土壌内の容積に相当する合計二五万〇五〇八・二七七八立方メートルの土砂を掘削した(以下、右行為を「本件掘削行為」という。)。

(1) 本件〈7〉事業(安岐漁港改修事業)により、本件(1)鉱区から、三八三四・四〇六八立方メートルの土砂を掘削した。

(2) 本件〈9〉事業(一般国道二一三号道路改良事業)により、本件(1)及び(2)鉱区から、三万八一六四・五四立方メートルの土砂を掘削した。

(3) 本件〈10〉事業(奈多海岸侵食対策事業)により、本件(3)鉱区から、護岸部分について六万〇六三七・三六立方メートル、離岸堤部分について一万八〇六〇・三七五立方メートルの合計七万八六九七・七三五立方メートルの土砂を掘削した。

(4) 本件〈11〉事業(国東海岸環境整備事業)により、本件(3)鉱区から、護岸部分について二万七七二一・四九六立方メートル、護岸堤部分について六万〇七〇五立方メートルの合計八万八四二六・四九六立方メートルの土砂を掘削した。

(5) 本件〈12〉事業(古町川局部改良事業)により、本件(3)鉱区から、三二〇〇立方メートルの土砂を掘削した。

(6) 本件〈13〉事業(奈多漁港改修事業)により、本件(3)鉱区から、一四五九・五立方メートルの土砂を掘削した。

(7) 本件〈14〉事業(防潮林造成事業)により、本件(3)鉱区から、三万六七二五・六立方メートルの土砂を掘削した。

(四) 被告大分県が使用した工事業者は、本件各鉱区内の土砂が砂鉄、チタン等を含有し、建築用資材として有用なものであったため、本件土砂掘削行為により本件各鉱区内から掘削した前記土砂をトラックで本件各鉱区外に搬出し(以下「本件土砂排除行為」という。)、その代わりに本件各鉱区外の場所から搬入した不要な土を右掘削行為による掘削箇所付近に埋め戻した。

3  求彌の受けた損失ないし損害

(一) 本件各鉱区の土壌内に存する砂鉄は、着磁率が八パーセント、比重が五・二g/cm3、一トン当りの単価が二一三五・九円であるから、本件土砂排除行為により排除された土砂中に含まれていた砂鉄の価額は、次の計算式により算定される。

排除総体積(立方メートル)×0.08(着磁率)×1003×5.2(比重)×106×2135.9(トン当たり単価)

(1) 本件〈7〉、〈13〉及び〈14〉各事業(被告大分県の固有事務としての事業)により排除された土砂中の砂鉄の価額は、次の計算式のとおり三七三三万五七七七円である。

42019.5068×0.08×1003×5.2×106×2135.9≒37335777

(2) 本件〈9〉ないし〈12〉各事業(被告国の機関委任事務としての事業)により排除された土砂中の砂鉄の価額は、次の計算式のとおり一億八五二四万九四四五円である。

208488.771×0.08×1003×5.2×106×2135.9≒185249445

(3) したがって、本件事業により排除された土砂全体中の砂鉄の価額は、右(1)、(2)の合計二億二二五八万五二二二円となる。

(二) 求彌は、被告大分県の前記採掘権侵害行為により、右排除土砂中に含まれる砂鉄の価額相当分の損失ないし損害を被った。

4  憲法二九条三項による損失補償の事由(主位的請求)

被告大分県の施行した本件事業は、産業・交通その他の公益事業の発展に資するものであり、求彌の前記損失は、産業・交通その他の公益事業の発展という積極的目的のために必要な特定の財産権の制限であって、財産権の剥奪若しくは当該財産権の本来の効用の発揮を妨げるような制限にも当たるから、「特別の犠牲」に該当する。

5  本来事業の施行についての違法性及び過失(予備的請求)

(一) 本件〈7〉及び〈10〉ないし〈14〉各事業について

被告大分県は、本件〈7〉及び〈10〉ないし〈14〉各事業の施行により、前記のとおり求彌の採掘権を侵害したものであり、また、右各事業は、運輸大臣が、大分空港の開設工事によって本件鉱区を含む同空港付近の海岸線の侵食が急速に進み右海岸線が変化することを事前に専門家から指摘され、十分予見可能であったにもかかわらず、同空港の設置・管理者として右開設工事を実施した違法行為の結果として生じた国東海岸の侵食の急速な進行に対する対策として施行されたものであるから、被告大分県が右各事業を施行したことは違法であり、かつ、この点について同被告に過失があった。

(二) 本件〈9〉事業について

被告大分県は、本件〈9〉事業の施行により、前記のとおり求彌の採掘権を侵害したものであり、また、被告大分県は、求彌が、右事業により採掘権を侵害されるとして、再三右事業に基づく工事の中止を申し入れたにもかかわらず、これを無視し、一方的に話合いを中断して右事業を施行したものであるから、被告大分県が右事業を施行したことは違法であり、かつ、この点について同被告に過失があった。

6  求彌は、平成二年一二月二三日に死亡し、遺産分割協議により、その相続人である原告が求彌の被告らに対する損失補償請求権及び損害賠償請求権を取得した。

7  よって、原告は、主位的に、憲法二九条三項に基づき、被告国に対し一億八五二四万九四四五円(前記3の(一)(2)の砂鉄価額相当分)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一一月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告大分県に対し三七三三万五七七七円(前記3の(一)(1)の砂鉄価額相当分)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求め、予備的に、国家賠償法一条一項、三条一項に基づき、被告らに対し各自二億二二五八万五二二二円(前記3の(一)(3)の砂鉄価額相当分)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告国については昭和六〇年一一月二三日から、被告大分県については昭和六〇年一一月二六日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び積極的主張

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、(一)及び(二)は認めるが、その余は否認する。

3  同3ないし5は否認する。

4  同6のうち、求彌の死亡と原告の相続の事実は認めるが、その余は争う。

5  積極的主張

(一) 原告主張の土砂排除体積及び砂鉄含有率は根拠のない憶測にすぎないばかりでなく、仮に被告大分県の掘削した土砂中に砂鉄が含有されていたとしても、被告大分県は右土砂を工事箇所付近の同一鉱区内に戻しており、これを本件各鉱区外に搬出して本件土砂排除行為をした事実はない。ことに本件(3)鉱区に該当する土地は、奈多、狩宿、行安の各海水浴場であり、別府、大分市付近に残された唯一の白砂青松の海岸であるから、こうした行楽や景勝に支障を来すような砂鉄の採掘は事実上不可能である。

(二) 本件〈10〉事業(奈多海岸侵食対策事業)及び本件〈11〉事業(国東海岸環境整備事業)は、次のとおり合理的なものであり、その施行について違法性及び過失はない。

(1) 大分県杵築市大字狩宿字三塚一四五九番地地内及び同番地先から同市大字奈多字志口三五一二番地地内及び同番地先までの海岸は、昭和五五年一一月二一日、大分県知事により海岸法三条一項の海岸保全区域に指定され、同法五条一項により同知事が国の機関として管理している国の公物である。

(2) 我が国では、河川からの流出土砂の減少、潮流の変化等により、昭和三〇年代後半ころから全国各地で海岸侵食現象が徐々に顕在化し始めたため、国も、昭和三一年の海岸法制定を契機として、海岸侵食対策事業等の海岸保全事業を統一的かつ強力に推進することとし、さらに昭和四五年度を初年度とする数次の五か年計画を実施している。被告大分県も、昭和四三年度から右事業に着手し、国東半島北東部から南東部にかけての地域で集中的にこれを行っているが、特に前記海岸は、国東半島南東部に位置する海岸で、海岸背後には国道二一三号線が海岸線と並行して走り、その沿岸には人家が密集し、台風及び季節風による波浪を正面から受け、砂浜は常時侵食され、水際線は後退を続け、南から北への漂砂移動が著しく、一部では礫層が露出している箇所が見られる状態にあった。このような状況に対処するため、本件〈10〉事業(奈多海岸侵食対策事業)は昭和四七年度から、本件〈11〉事業(国東海岸環境整備事業)は昭和四八年度から、それぞれ実施されており、砂浜の侵食防止及び水際線の回復を目的とする離岸堤の設置と、奈多海浜公園を中心とした区域における護岸堤の設置を内容とするものである。

(3) 離岸堤は、海岸の沖合水深二、三メートルないし六、七メートルくらいの位置に海岸の水際線とほぼ平行に設ける防波堤の一種で、昭和四五年以降急速に施工実績が増加した海岸侵食対策事業の代表的工法であり、被告大分県も昭和四三年度以降この工法による事業を実施している。一基の長さを一〇〇ないし二〇〇メートル前後の短いものとして、砕波後の波を離岸堤の背面に廻り込ませ回折波とすることにより、砕波帯で水中に巻き上げられて浮遊状態になった砂を離岸堤の背面に集めて沈澱させ、舌状の堆砂(トンボロ)を発生させて、砂浜の回復、再現の手段として利用するものである。護岸工事を実施する区域には民有地が含まれていたが、昭和五四年度から昭和五七年度にかけて地権者から買収してそれらの土地を取得した上で進められている。

(4) このように、本件各事業は、公物たる海岸保全区域における国の公物管理権の行使としてされたものであって、その目的は海岸侵食の防止による国土の保全及び海岸環境整備という高度の公益性を有しており、手段、方法も相当性に欠けるところはない。海岸保全区域における鉱業権の行使が、かかる国の公物管理権の行使により支障を受けたとしても、その制限は公物に設定された鉱業権に内在する制約であるから、このような場合に公物管理権の行使が違法となるいわれはない。他方、求彌は過去長年にわたり鉱業を実施しておらず、今後鉱業権を行使してもさしたる利益を挙げ得なかったものであり、仮に原告が主張するとおり本件海岸に多量の砂鉄が埋積しているとしても、海岸侵食が進行すれば右砂鉄が減少、消失する可能性の高いことは明らかである。

(三) 本件〈9〉事業(一般国道二一三号道路改良事業)は、次のとおり合理的なものであり、その実施についても違法性及び過失はない。

(1) 国道二一三号は、昭和四〇年三月二九日道路法三条二号の一般国道として指定され、被告大分県が国の機関として管理している路線であり、別府市を起点とし、日出町で一般国道一〇号と分岐し、国東半島を周回して宇佐市で右一般国道一〇号に接続して中津市に至る延長一二六・二キロメートルの主要幹線道路であるが、本路線が通過する安岐町及び武蔵町には大分空港が設置され、大分市、別府市をはじめ、大分県内の主要都市から同空港に接続する重要路線となっており、その利用客の増加に伴って交通量が増大していた。また安岐町は昭和四六年の同空港の開港以来、空港周辺の企業の進出や県北国東テクノポリスの指定等により、地域の発展に目覚ましいものがあり、国東半島の史跡探訪に訪れる観光客も近年増加している状況から、将来的にも大幅な交通量の増加が予想されていた。

(2) しかるに、本路線の安岐町中心部の区間は、商店や住宅が密集し、道路幅員は四・八メートルないし七・五メートルと狭小であり、特に港橋、塩屋橋の幅員は四・八メートルないし五メートルと狭小で大型車の離合も困難な上、昭和一〇年に架設されたものであって老朽化が著しい状態であった。さらに歩車道の区別のない区間も約一キロメートルに及び、この区間は商店が密集していて歩行車も多く、交通事故発生の危険性が増大した。そこで、安岐町の大字塩屋から大字大海田に至る三・七キロメートルの区間を道路構造令第三種第二級の規格で整備する改築計画が立てられ、昭和五五年度から道路改良工事に着手したのが本件〈9〉事業であり、毎年度建設大臣の許可を受けた上、調査測量を経て用地取得を完了した区域から漸次着工している。

(3) 前期道路改築計画における道路位置選定に当たっては、通過交通を適切に処理するとともに、地域の土地利用計画との調整、地域の土地利用計画と地域の社会経済に及ぼす影響、技術的見地等を総合的に検討した結果、安岐漁港外回りのバイパス道路を設置することが決定されたものである。

(四) 仮に求彌に一定の損失ないし損害が認められるとしても、原告主張の損失ないし損害の額から採掘費用(砂鉄の採取、選別、運搬に要する機械や作業員の費用等)を控除すべきである。

三  抗弁

1  補償請求権の放棄

被告大分県は、昭和五四年六月一二日、求彌との間で、事業協力金ないし和解金として四〇〇万円を同人に支払うことにより、求彌は自己の鉱区内において同被告が行うすべての事業についての補償請求権を放棄し、求彌の鉱業権をめぐる補償問題を一切解決する旨の鉱業権永久制限補償契約を締結し、同月二〇日、右契約に基づいて四〇〇万円を同人に支払った。もっとも、被告大分県は、その後、求彌に対し、昭和五八年六月一六日一二五万円、同年八月一〇日七三万八〇〇〇円の補償金の提示をしたことはあるが、これは、前記鉱業権永久制限補償契約の性格について正確な認識を欠く担当者(前者につき本件〈9〉事業を担当した国東土木事務所長、後者につき本件〈11〉事業を担当した別府土木事務所長)において、再三にわたり工事の中止と施設の撤去を求める求彌の強い要求にかんがみ、今後の工事を円滑に進める上で必要であると考えたことなどによるものにすぎない。

2  一部補償

仮に前期鉱業権永久制限契約が右のような補償請求権放棄の趣旨ではないとしても、本件事業のうち次の部分については右契約により補償済みであり、その限度において求彌の損失補償請求権ないし損害賠償請求権は消滅した。

(一) 本件〈7〉事業(安岐漁港改修事業)について

別紙図面2〈略〉の安岐漁港改修事業と表示された部分のうち、赤色の線で囲まれた部分と黄緑色の線で囲まれた部分の重なり合う部分

(二) 本件〈10〉事業(奈多海岸侵食対策事業)について

別紙図面3〈略〉の奈多海岸侵食対策事業と表示された部分のうち、赤色の線で囲まれた部分と黄緑色の線で囲まれた部分の重なり合う部分

(三) 本件〈11〉事業(国東海岸環境整備事業)について

別紙図面4〈略〉の国東海岸環境整備事業と表示された部分のうち、赤色の線で囲まれた部分と黄緑色の線で囲まれた部分の重なり合う部分

(四) 本件〈12〉事業(古町川局部改良事業)について

別紙図面3〈略〉の古町川局部改良事業と表示された部分のうち、赤色の線で囲まれた部分と黄緑色の線で囲まれた部分の重なり合う部分

(五) 本件〈14〉事業(防潮林造成事業)について

別紙図面4〈略〉の防潮林造成事業と表示された部分のうち、赤色の線で囲まれた部分と黄緑色の線で囲まれた部分の重なり合う部分

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、求彌が被告大分県との間で同被告主張の日に鉱業権永久制限補償契約と称する契約を締結し、その後、同被告主張のような補償金額の提示を受けたことは認めるが、その余は否認する。右補償金は、求彌の有する本件(1)及び(3)鉱区と登録番号六七号及び一〇一号鉱区の一部(合計二一万九三二〇・六平方メートル、砂鉄層一・二メートル、着磁率〇・〇三)についての鉱業権を永久制限することに対する補償の趣旨である。

2  同2は否認する。

第三証拠〈略〉

理由

一  求彌が本件各鉱区につき原告主張のような砂鉱採掘権を有していたこと、被告大分県が、本件〈7〉、〈13〉及び〈14〉各事業については自己の固有事務(被告国において費用の一部を負担)として、本件〈9〉ないし〈12〉各事業については被告国の機関委任事務(被告大分県において費用の一部を負担)としてそれぞれ施行したことは、当事者間に争いがない。

二  原告は、被告大分県が、本件事業の施行に伴い、本件各鉱区内の土砂のうち、右各事業によって設置された諸施設(護岸、離岸堤、道路等)の土壌内の容積に相当する土砂を掘削して本件各鉱区外に搬出する本件土砂排除行為をしたため、求彌の前期採掘権を侵害され、その含有砂鉄の価額相当分の損失ないし損害を被った旨主張するので、右主張について判断する。

1  〈証拠略〉によれば、本件事業の施行箇所と求彌が砂鉱採掘権を有していた本件各鉱区との位置関係は、別紙図面1〈略〉記載のとおりであることが認められるから、本件〈7〉事業の施行箇所が本件(1)鉱区内に、本件〈9〉事業の施行箇所が本件(1)及び(2)鉱区内に、本件〈10〉ないし〈14〉各事業の施行箇所が本件(3)鉱区内に、それぞれ位置していることは明らかである。しかしながら、採掘権は、鉱区内において登録を受けた鉱物及びこれと同種の鉱床中に存する他の鉱物を採取・取得する権利であり(鉱業法五条、一一条)、当該鉱区内に存する未採掘鉱物を包括的に支配する権利であるから、鉱区内の土地の所有者又は使用者も、鉱物の採取・取得を目的とするものでない限り、採掘など形質変更を伴う行為をする権能を失うものではない。また、鉱物が採掘権の行使によらないで鉱区内の土地から分離された場合には、その分離の原因を問わず、原則として採掘権者の所有となるが(同法八条一項)、そのためには掘出された当該鉱物がそれ自体において社会通念上所有権の支配可能な状態としての個体又は集合体としての独立性を有することを要するものというべきである。したがって、鉱区内の土地の所有者又は使用者が、鉱物の採取・取得を目的とすることなく、しかも、鉱物が右のように分離されない状態で混入したままの土砂を掘削したとしても、これを当該鉱区外に搬出しない限り、採掘権者による採掘、ひいては、その含有鉱物の所有権の取得を不能にさせるものではないから、土地の所有者又は使用者の右行為が採掘権の侵害行為に当たらないことは、明らかである。原告は、かかる趣旨において、被告大分県による本件土砂排除行為の存在を主張し、これを前提として求彌の前期採掘権の侵害による損失ないし損害の発生をいうものと解されるから、以下、この点について考察する。

2  まず、被告大分県の施行した右事業に係る工事の具体的内容について見るに、〈証拠略〉を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件事業について概観すると、まず、本件〈7〉事業(安岐漁港改修事業)及び本件〈13〉事業(奈多漁港改修事業)は、被告大分県が昭和二六年以来実施していた漁港整備長期計画の一環として、安岐漁港及び奈多漁港における漁港施設の整備等を目的とするものであって、本件〈7〉事業については砂防堤、加工場等用地、物揚場等の設置を内容として昭和四九年から、本件〈13〉事業については護岸堤及び防波堤の設置を内容として昭和五八年から、それぞれ施行した事業である。

また、本件〈9〉事業(一般国道二一三号道路改良事業)は、被告大分県が国の機関として管理している一般国道二一三号について、同被告が、大分空港の開設等に伴う交通量の著しい増加に対し交通渋滞の解消、交通事故発生の防止等を目的として、昭和五五年度から安岐町の大字塩屋から大字大海田までの延長三・七キロメートルの区間において施行した安岐漁港外回りのバイパス道路の建設による道路改良事業である。

次に、本件〈10〉事業(奈多海岸侵食対策事業)及び本件〈11〉事業(国東海岸環境整備事業)は、大分県知事が国の機関として管理する国の公物である大分県杵築市大字狩宿字三塚一四五九番地地内及び同番地先から同市大字奈多字志口三五一二番地地内及び同番地先までの海岸において、被告大分県が、海岸侵食の顕著な進行に対する国土の保全と海岸の環境整備の目的の下に、公物管理権の行使として、本件〈10〉事業については昭和四七年度から、本件〈11〉事業については昭和四八年度から、それぞれ施行した離岸堤の設置と奈多海浜公園を中心とした区域における護岸堤の設置を内容とする事業である。

さらに、本件〈12〉事業(古町川局部改良事業)は、被告大分県が昭和五七年度から昭和五八年度にかけて施行した護岸堤、導流堤の設置を内容とする河川改修事業であり、本件〈14〉事業(防潮林造成事業)は、同被告が昭和四一年度から昭和四六年度にかけて施行した防潮林造成に付随する護岸堤の設置を内容とする事業である。

(二)  本件〈9〉事業に係る道路改良工事の内容は、概ね在来地盤の上に盛土をし、海岸に面した盛土法面には堤防階段工を施工するというものであり、そのため、階段工基礎部については掘削機によって床掘し、床掘によって排出された砂質土は、海岸と道路側にそれぞれ仮置して、階段基礎部に軽量鋼矢板を打ち込んだ後、基礎部及び階段部分にコンクリートを打設し、その後仮置していた砂質土及び不足分については地区外から搬入した土砂で埋め戻し、路体を完成させるものであった。

(三)  本件〈8〉、〈10〉及び〈11〉各事業に共通する離岸堤工事の内容は、海岸の沖合の水深約二、三メートルないし六、七メートルの位置に、海岸の水際線とほぼ平行に防波堤を設置するものであり、現地盤の上に捨石をガット船で所定量投入し、次に潜水土船で荒均しをし、その後捨石の散乱防止のため、被覆石を陸側と沖側にそれぞれガット船等で投入し、再度潜水土船で被覆石均しをして基礎工事を完了するとともに、この間、右基礎工事と並行して陸上作業として、異形ブロックの型枠内にコンクリートを打設し、完成した異形ブロックを干潮時に水際線付近まで仮移設しておき、これらの工事完了後、異形ブロックをクレーン付台船に積み込み、離岸堤設置箇所まで運搬し、基礎工上の所定断面内に据え付けるものであった。

(四)  本件〈8〉、〈10〉ないし〈14〉各事業に共通する護岸工事、本件〈12〉事業における導流堤工事、本件〈13〉事業における防波堤工事及び本件〈7〉事業の防砂堤等の工事は、いずれも在来の地盤上又は地盤内に施設を設置することを内容としており、右工事の施行に伴って何らかの土砂掘削行為が行われたことが窺われる。

3  そこで、原告主張のような被告大分県による本件土砂排除行為の存否について検討する。

(一)  〈証拠略〉によれば、昭和六二年一月六日当時、本件(1)鉱区内の本件〈9〉事業(一般国道二一三号道路改良事業)施行区域内において同事業に係る工事用仮説道路を築造するため、昭和四四年度に完成した海岸堤防の土砂を掘削し、これを海岸に山積みにしたうえ、工事業者がトラックに積み込む状況があったことが窺われないではない。また、求彌本人尋問の結果中には、右写真は本件〈9〉事業を施行する際に、被告大分県の下請業者が道路基礎部分から掘削した土砂をトラックに積み込んでいる状況を撮影したものである、求彌は、被告大分県の下請業者が本件事業の施行に際し、掘削した土砂を本件鉱区外に運び去るのを度々目撃した、当該土砂は砂鉄を含有するためコンクリートの定着率がよく生コンクリートの原料として最適であるから、業者はそのために土砂を運び去ったものである。トラックには同県の下請業者の名称が記載されていたなどと供述する部分がある。

また、〈証拠略〉によれば、本件(3)鉱区内の本件〈10〉事業(奈多海岸侵食対策事業)施行区域付近において、掘削した土砂を海岸に山積みにし、これをトラックに積み込んでいる状況が窺われないでもなく、〈証拠略〉には、右写真に撮影された当時の状況についても前同趣旨の供述部分がある。

さらに、〈証拠略〉にも以上と同趣旨の記載があり、また〈証拠略〉によれば、昭和四〇年ころから骨材特にコンクリート用骨材としての海砂の使用割合が増大し、関西以西の地域では細骨材として海砂を使用する割合が非常に高いことが認められる。

(二)  しかしながら、本件事業のような大規模な土木工事にあっては、多量の掘削土砂が発生し、その運搬にはたとえ同一工区内であってもトラック等の大型土木機械を要するであろうことは、容易に推測することができ、そうしたことからすると前記各写真それ自体は原告主張の本件土砂排除行為を認定する上ではう遠な証拠というほかはない。のみならず、前掲乙第五号証(証人赤嶺忠臣作成の陳述書)及び第七号証(同証人作成の供述書)には、〈証拠略〉の写真は、被告大分県国東土木事務所がその撮影当時に施行していた本件〈9〉事業に係る工事用仮設道路築造工事の際に、同仮設道路築造のため、昭和四四年度に完成した海岸堤防の土砂を掘削し、これをダンプトラックに積み込み、同仮設道路の盛土に使用するために運搬している状況を撮影したものであり、土砂を鉱区外に搬出している状況を撮影したものではない、同証人は、昭和五九年度に本件〈9〉事業の一部である堤防階段工の施行にも関与したが、同工事において、同階段工基礎部分から掘削した土砂は、付近にいったん仮置し、同基礎部及び階段部分にコンクリートを打設した後、埋戻し及び盛土に流用したものであって、これを鉱区外に排除したことはないとの記載があり、また、同証人は、〈証拠略〉の写真に撮影された状況に関する右記載部分については、大分県国東土木事務所の職員であり、右現場における工事の監督を担当していた訴外坂本隆春に右内容を確認したものである旨証言している。さらに、〈証拠略〉には、〈証拠略〉の写真の撮影当時、本件〈10〉事業(奈多海岸侵食対策事業)として、離岸堤築造工事が実施されていたが、同工事は現存する地盤の上に直接離岸堤を設置するもので、土砂の掘削を伴わないから、〈証拠略〉の写真は同事業に関する工事の状況を撮影したものではない旨の記載がある。

証人赤嶺及び同岡村は、本件事業の施行に関与した被告大分県の担当職員であり、同人らの右供述内容には特に合理性を欠く点は認められない。また、証人赤嶺の証言によれば、本件事業の施行に際しては被告大分県の担当職員がこれを現場で監督していたことが認められ、右担当職員が原告の主張するような工事業者による大規模な土砂搬出行為を看過するとはにわかに考え難いところであるし、鉱業権の消滅を伴う土砂の収用については土地収用法上厳格な手続が定められており、業者が掘削した土砂を持ち去って使用するのを右担当職員が了知しながら黙認することも、それ自体違法な行為であるから、特段の事情がない限り考えられず、本件において右特段の事情は窺われない。

他方求彌本人の前記供述は、いずれも土砂をトラックに積み込んだ後の搬出先及びその後の用途等に関する核心的な部分については何ら具体的な説明がされておらず、推測の域を出るものではないというべきである。また、本件各鉱区内においてテトラポットを製造するために掘削土砂を生コンクリート用骨材として使用した可能性が想定されなくもないが、出来上がった生コンクリートを海岸までミキサーで運搬し、そのままテトラポットの型枠に流し込む手法がとられ、海岸で砂を混ぜたようなことはない旨の証人岡村の証言に照らせば、掘削土砂の右使用の事実を認めることもできない。

以上の諸点を合わせ考えると、〈証拠略〉をもって、被告大分県による本件土砂排除行為を肯認するに足りる的確な証拠であるということはできない。

(三)  また、被告大分県が、昭和五四年六月一二日、求彌との間で鉱業権永久制限契約と称する契約を締結し、さらにその後、同人に対し、昭和五八年六月一六日一二五万円、同年八月一〇日七三万八〇〇〇円の補償金の支払を提示したことは当事者間に争いがなく、また、〈証拠略〉によれば、同被告が求彌に対し、昭和五四年六月二〇日、右鉱業権永久制限契約に基づいて四〇〇万円の支払をしたことが認められる。

しかしながら、〈証拠略〉によれば、右鉱業権永久制限契約は、求彌の有する本件各鉱区等における被告大分県の海岸侵食対策事業等の施行による公共施設の設置によって、求彌が鉱業法六四条に基づき当該施設から地表地下とも五〇メートル以内の場所での採掘制限を受けることについて、当該事業の円滑な実施を図ることも考慮して補償を行うこととする趣旨で締結されたものであり、また、同被告によるその後の補償金の提示も同様の趣旨からされたものと認められるのであって、これら補償が同被告による本件各鉱区内からの土砂排除行為によって生ずる求彌の損失ないし損害を補填する趣旨でなされたものとはいえない。したがって、同被告による右鉱業権永久制限契約の締結とこれに基づく補償金の支払及びその後の補償金の提示という事実があるからといって、本件土砂排除行為の存在を裏付けるには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(四)  なお、求彌の本件採掘権に基づく従前の稼行状況について見るに、〈証拠略〉には、求彌が昭和一九年から昭和三六年まで及び昭和三九年から昭和四六年までのそれぞれの間、本件各鉱区において採掘活動を行っていた旨の供述部分があり、また、〈証拠略〉によれば、求彌が昭和三二年以前に本件各鉱区等で砂鉄の採掘を行い、昭和三二年に訴外八幡製鐵株式会社八幡製鐵所に対して砂鉄を納入していたことが窺われる。しかし、その後も求彌の前記供述にあるように同人が本件採掘権に基づいて活発な採鉱活動をし、あるいは本件各鉱区の土地に関する利用権を取得するなどして収益を挙げる見込みのあったことを客観的に裏付ける証拠はなく、また本件各鉱区の土壌内に存在する砂鉄の含有の態様、程度の立証も十分とはいえないことにかんがみれば、原告主張の態様はもとよりいずれの形にしても、本件事業の施行により求彌の右採掘権が侵害されたものとは到底考えられない。

4  以上の次第で、被告大分県の本件土砂排除行為の存在を前提として求彌の採掘権侵害による損失ないし損害の発生をいう原告の主張は採用することができない。

三  結論

よって、原告の主位的請求及び予備的請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美 小澤一郎 笠井之彦)

別紙一

鉱業権目録

登録番号

鉱区及び鉱区面積

福岡通商産業局設定登録日

福岡通商産業局移転受付日・受付番号

(1)

一七号

大分県東国東郡安岐町・杵築市並に海面四、〇一二アール

昭和二六年一月四日第一号

(2)

三七四号

大分県東国東郡安岐町並海面三七五アール

昭和三一年

八月二九日

(3)

三六六号

大分県東国東郡杵築市並海面一八、一一五アール

昭和三一年

四月二一日

別紙二

海岸保全事業等施行状況調査表

鉱区番号

海岸名

事業名

施行者

施行年度

工事内容

備考

101

国東町小原海岸

〈1〉平床漁港改修事業

〈2〉清流川局部改良事業

国東町

大分県

大分県

52~53

45.46.59~

52~58

突堤、防波堤

護岸、導流堤

67

国東町黒津海岸

〈3〉黒津崎サイクリング道路整備事業

〈4〉平床漁港黒津分区局部改良事業

〈5〉黒津川通常砂防事業

国東町

大分県

58~

54~

53~54

自動車道

護岸、物揚場

流路工

573

武蔵町内田海岸

〈6〉池の内川局部改良事業

大分県

52~58

護岸、導流堤

17

安岐町安岐海岸

〈7〉安岐漁港改修事業

〈8〉安岐海岸高潮対策事業

〈9〉一般国道213号道路改良事業

安岐町

大分県

大分県

49~55

49~

38~57

57~

防波堤、加工場等用地

物揚場等

離岸堤、護岸

道路

374号鉱区の一部を含む

366

杵築市奈多海岸

〈10〉奈多海岸侵食対策事業

〈11〉国東海岸環境整備事業

〈12〉古町川局部改良事業

〈13〉奈多漁港改修事業

〈14〉防潮林造成事業

大分県

杵築市

大分県

大分県

47~59

48~

57~58

55

58~

41~46

離岸堤、護岸

護岸、導流堤

護岸、防波堤

護岸

鉱区外

国東町小原海岸

国東町重藤海岸

武蔵町内田海岸

〈15〉小原海岸局部改良事業

〈16〉重藤地区海岸侵食対策事業

〈17〉内田地区海岸環境整備事業

大分県

49~58

44~

55~

離岸堤

離岸堤、休息舎、植栽

別紙図面1~4〈略〉

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